目次
女性の生理周期と筋トレの関係
現在の研究が示すエビデンスと
実践的な考え方を解説
01 BACKGROUND「生理周期に合わせてトレーニングを変えるべき」という考えはどこから来たのか
SNSやフィットネス界隈で広まっている「ホルモン周期トレーニング」の概要
ここ数年でフィットネス界隈やSNSで急速に広まったのが「ホルモン周期トレーニング(サイクリック・トレーニング)」という考え方です。大まかには「卵胞期(月経開始〜排卵前)はエストロゲンが高く力が出やすいので強度を上げ、黄体期(排卵後〜月経前)はプロゲステロンが高く疲労しやすいので強度を下げる」というものです。一見理にかなっているように見えますが、科学的根拠の強さについては注意が必要です。
この考え方が注目された背景
この考え方が注目されるようになった背景の一つに、長年にわたって女性が運動科学研究から除外されてきたという現実があります。ホルモン周期による研究への影響を理由に、女性は多くの運動生理学実験の対象から外されてきました。その反動として「女性特有の生理学を考慮したトレーニング」への関心が高まることは自然な流れでもあります。ただし、「女性への配慮」と「科学的根拠のある推奨」は別物であり、両者を混同しないことが重要です。
02 RESEARCH STATUS生理周期とトレーニング効果に関する研究の現状
2023年の包括的レビューが示した結論
Colenso-Semple et al.(Front Sports Act Living, 2023)は、生理周期フェーズとレジスタンス運動のパフォーマンス・適応への影響を調べた複数のメタ分析・システマティックレビューを対象としたアンブレラレビュー(包括的レビュー)を実施しました(PMID:37033884 / PMC:10076834)。その結論として、「現時点のエビデンスは、生理周期フェーズが急性の筋力パフォーマンスやレジスタンストレーニングへの適応に影響を与えることを支持していない」と述べています。また、周期別トレーニングを支持するとして引用されることが多い先行研究の方法論上の問題点(フェーズの検証不足・サンプルサイズの小ささ等)も指摘されています。
マクマスター大学(カナダ)ほか。メタ分析・システマティックレビューを対象としたアンブレラレビュー。生理周期フェーズが急性の筋力パフォーマンスおよびレジスタンストレーニングへの慢性的な適応に影響するという証拠は、現時点では不十分であると結論。よく引用される周期別トレーニング支持研究の方法論的限界(ホルモン確認の不足・小規模サンプル・研究デザインの不均質性)を包括的に検討した重要文献。PMID:37033884 / PMC:10076834
卵胞期に筋力が高くなる可能性を示した研究
一方でKissow et al.(Sports Med, 2022)は、卵胞期に集中的なトレーニングを行ったグループが黄体期中心のグループより筋力・筋肉量の改善において優位な傾向を示したことを報告しています(PMID:35471634)。コペンハーゲン大学の研究チームによるもので、卵胞期(エストロゲン高値)でのトレーニングが優位である可能性を示した研究として引用されることが多いです。
2つの結論が一致しない理由
研究間で結論が異なる主な理由として以下が挙げられています。①個人差の大きさ:McNulty et al.(Sports Med, 2020)のメタ分析では、生理周期フェーズによる運動パフォーマンスへの影響が認められる場合でもそのエフェクトサイズは小さく、個人差が極めて大きいことが示されています(PMID:32661839)。②フェーズ確認方法の違い:多くの研究が自己申告による周期の記録のみを使用しており、ホルモン値の実測による検証が不十分です。③測定する筋力の種類の違い:等尺性・等速性・動的な筋力では結果が異なることがあります。Rael et al.(J Hum Kinet, 2019)は動的な筋力・パワーが3フェーズ間で有意差がなかったことを報告しています(PMID:31531138)。
03 CYCLE PHASES生理周期の各フェーズで起きていること
各フェーズのホルモン変化とトレーニングへの影響
エストロゲン・プロゲステロンともに低値。子宮内膜が剥離・排出される時期。痛みや倦怠感が強い方は多いが、ホルモン的には制約は小さい。
エストロゲンが緩やかに上昇し、排卵直前にピークに達する。体調が整いやすい時期とされ、一部の研究で筋力・パワーが高い傾向が報告されている。エストロゲンにはタンパク質同化作用があるとされる。
黄体形成ホルモン(LH)のサージによって排卵が起きる。エストロゲンが一時的に低下したのち黄体期に移行する。関節弛緩性が高まるという報告があり、靱帯への過負荷に注意が必要とされることがある。
排卵後に黄体から分泌されるプロゲステロンが上昇する。基礎体温がやや上昇し、水分貯留・体重増加・むくみ・食欲増加・情緒の変化が起きやすい。PMS(月経前症候群)の症状が出る方も多い。トレーニング強度が主観的に「重く感じる」ことがある。
04 EVIDENCE LIMITS現時点でわかっていること・わかっていないこと
「周期に合わせた調整は推奨だが必須ではない」という立場
現時点のエビデンスから言えることは「周期に合わせたきめ細かい調整は有益である可能性があるが、一般的な必須推奨を出せるほど根拠が十分ではない」ということです。個人差が非常に大きいため、ある人に有効なアプローチが別の人には当てはまらないことが多くあります。周期別トレーニングを実践したい方が試してみること自体は問題ありませんが、「周期に従わなければ効果がない」という考えは過剰であり、エビデンスによって支持されていません。
継続・強度・回復がパフォーマンスに与える影響の方が大きい理由
複数の研究者が強調しているのは、「生理周期フェーズの違いよりも、トレーニングの継続性・十分な強度・適切な回復の方が筋力・筋肉量の変化に大きく寄与する」という点です。体調が悪い日に軽めにすることは合理的な判断ですが、「黄体期だからトレーニングをやめる」という選択は、継続性というより大きな要素を損なう可能性があります。現実的には「体調の良し悪しを軸に強度を調整しながら継続する」というアプローチが多くの方に機能します。
① 生理周期フェーズによって筋力・トレーニング適応が変わるかどうかは、研究間で結論が一致しておらず個人差が大きい。
② 卵胞期に高強度・黄体期に低強度という調整は「試す価値のある仮説」だが「科学的に確立された推奨」ではない。
③ 継続性・栄養・睡眠・回復という基本要素の方が、周期フェーズ管理より大きくトレーニング効果に影響する可能性が高い。
05 PRACTICAL APPROACH実践的な考え方
体調記録をつけることで自分のパターンを把握する
科学的な一般化は難しくても、自分自身のパターンを知ることは十分に意味があります。「卵胞期の○週目は体が軽く感じる」「月経前の3〜4日は疲れやすい」といった個人のパターンを把握することで、トレーニング計画を現実に即したものにできます。
| 記録項目 | 記録のポイント | 活用方法 |
|---|---|---|
| 周期日数 | 月経開始日を1日目として毎日記録 | 自分の周期の長さを把握する |
| 体調・エネルギー | 5段階で「今日の体の調子」を記録 | 体調が良い日・悪い日のパターンを発見 |
| トレーニング強度 | 実施したセット・重量・主観的強度(RPE) | 周期と強度の相関を数週後に確認 |
| 睡眠 | 睡眠時間・睡眠の質(5段階) | 黄体期の睡眠変化を把握する |
| 体重 | 毎朝起床後・空腹時に測定 | 黄体期の水分変動を体脂肪増加と混同しない |
黄体期・月経期に感じる不調への対処
栄養・睡眠・水分補給の基本を整えることの優先度
周期フェーズ管理よりも先に整えるべき基本として、①タンパク質の確保(体重×1.2〜1.6g/日)・②鉄分の補完(月経による鉄損失)・③睡眠の質・④水分補給があります。特に月経中の鉄分不足は疲労感・パフォーマンス低下に直結するため、赤身肉・レバー・小松菜・納豆などを意識的に摂ることが重要です。黄体期の甘いものへの欲求増加には、食物繊維と良質なタンパク質を食事に組み込むことで対処できます。
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生理周期と筋トレの関係については、「可能性を示す研究はあるが、個人差が大きく一般的な推奨を出せるほどのエビデンスは揃っていない」というのが現時点の誠実な答えです。
- Colenso-Semple et al.(2023)の包括的レビューは、生理周期フェーズが筋力パフォーマンス・トレーニング適応に影響するというエビデンスは現時点で不十分と結論している
- Kissow et al.(2022)は卵胞期での集中トレーニングが優位な傾向を示したが、サンプルが限られており確定的ではない
- McNulty et al.(2020)のメタ分析では、周期による影響はエフェクトサイズが小さく個人差が極めて大きいことが示されている
- Rael et al.(2019)は動的な筋力・パワーが3フェーズ間で有意差なしと報告している
- 体調記録をつけて自分のパターンを把握し、不調の日には強度を下げて継続することが現実的なアプローチ
- 継続性・十分な強度・回復・栄養という基本要素が、周期フェーズ管理より大きくトレーニング効果に影響する
- 月経中の鉄分損失への補完・黄体期の水分変動の把握・睡眠の確保が実践上の優先事項
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関連記事
参考文献・科学的根拠
- 1Colenso-Semple LM, D’Souza AC, Elliott-Sale KJ, Phillips SM. “Current evidence shows no influence of women’s menstrual cycle phase on acute strength performance or adaptations to resistance exercise training.” Front Sports Act Living. 2023 Mar 23;5:1054542. doi:10.3389/fspor.2023.1054542. マクマスター大学(カナダ)ほか。生理周期フェーズとレジスタンス運動のパフォーマンス・適応への影響を評価したメタ分析・システマティックレビューを対象としたアンブレラレビュー。現時点のエビデンスは、生理周期フェーズが急性筋力パフォーマンスまたはレジスタンストレーニング適応に影響することを支持しないと結論。周期別トレーニングを支持する先行研究の方法論的限界も包括的に検討した重要文献として参照。 PMID:37033884
- 2Kissow J, Jacobsen KJ, Gunnarsson TP, Jessen S, Hostrup M. “Effects of follicular and luteal phase-based menstrual cycle resistance training on muscle strength and mass.” Sports Med. 2022 Dec;52(12):2813-2819. doi:10.1007/s40279-022-01679-y. Epub 2022 Apr 26. コペンハーゲン大学(デンマーク)。卵胞期集中トレーニング群と黄体期集中トレーニング群を比較した論文。卵胞期でのレジスタンストレーニングが筋力・筋肉量の改善において優位である可能性を示す対照的な視点として参照。ただし一般化には追加研究が必要。 PMID:35471634
- 3McNulty KL, Elliott-Sale KJ, Dolan E, Swinton PA, Ansdell P, Goodall S, Thomas K, Hicks KM. “The effects of menstrual cycle phase on exercise performance in eumenorrheic women: a systematic review and meta-analysis.” Sports Med. 2020 Oct;50(10):1813-1827. doi:10.1007/s40279-020-01319-3. Epub 2020 Jul 13. システマティックレビュー・メタ分析。生理周期フェーズによる運動パフォーマンスへの影響は、エフェクトサイズが小さく個人差が極めて大きいことを示した。早期卵胞期でのわずかなパフォーマンス低下の傾向を示したが、実用的な意味は限定的と結論。個人差の大きさを示す根拠として参照。 PMID:32661839
- 4Romero-Moraleda B, Del Coso J, Gutiérrez-Hellín J, Ruiz-Moreno C, Grgic J, Lara B. “The influence of the menstrual cycle on muscle strength and power performance.” J Hum Kinet. 2019 Aug 21;68:123-133. doi:10.2478/hukin-2019-0061. スミスマシンハーフスクワットを用いて早期卵胞期・後期卵胞期・黄体期の3フェーズにおける動的筋力・パワーを比較。力・速度・パワー出力はすべてのフェーズで類似しており、フェーズ間に明確な差異は確認されなかった。動的な筋力・パワーが3フェーズ間で有意差なしを示した具体的測定研究として参照。 PMID:31531138
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